2017年3月18日土曜日

民泊・・・、その是非に関する個人的なこと。


先に結論を言ってしまうと、「賛成」です。僕のような宿屋業をなりわいとする身にとって、民泊はどうなのだろう?端的に仕事の奪い合いみたいになって、歓迎しないと一瞬思ったこともありましたが、今はとてもいいと思うようになりました。

その一番の理由は、ここ数年の爆発的なインバウンドの増加です。もともと日本のインバウンドの推移は、300~400万人くらいで毎年わずかに増える程度でした(1995~2001年くらいまで)。この微増傾向に、おおいに刺激を与えたのは2002年の小泉内閣(一次)に発足した観光庁のビジットジャパン戦略です(戦略そのものは2003年より)。
http://www.mlit.go.jp/common/001119572.pdf

観光庁の資料にある通り、以降リーマンショックや大震災の影響で足踏みしながらも、インバウンドの増加傾向は加速。2013年には1,000万人を超えて、なんと2016年には2,400万人を突破しました。15年ほどで6倍にも増えた訪日外国人を受け入れる宿泊施設が足りなくなってしまうのは、数字からも明らかです。この5年間だけでも3倍(300%)という激増ぶりです。

さらに2020年には東京でオリンピックを開催することで、この年をピークに政府は4,000万人のインバウンドを実現させるよう戦略を練っています。計画通りにコトが運ぶかどうかはわかりませんが、少なくとも増加傾向はしばらく続くと考えられます。
さて、その受け皿となる宿泊施設ですが、私の経営する様な小さな宿(宿泊数10人くらいの)が増えたところで、1千万人単位で増える訪日外国人の受け皿となるには焼け石に水と言わざるを得ません。大型の宿泊施設はどうかとなると、立地の問題が大きく立ちはだかる上に、初期費用も半端な額ではないために、インバウンドの増加と並行して追いつくほどに建設されるはずもありません。となると既存のモノで代用する民泊は、案外理に適っていると思えるのです。さらには市町村が所有する、集合住宅も選択肢になるかもしれませんね(いろいろ課題もありますけど、利用価値は高そうです)。

また、古くは(参考にならないかもしれないけれども)前回の長野五輪の時に激増した同県内の建物(競技会場もそうですが、宿泊施設も!)が五輪の閉会とともに過剰となり多くの施設が廃墟となったり、閉鎖して解体したりと憂き目に合った。結果だけを見て「見通しのない過剰投資」というのは簡単だが、それぞれにそれぞれの必然があった可能性だってある。このサイトの3番目↓
https://matome.naver.jp/odai/2139218754669500801
順番に倒産に追い込まれて行くさまは目も当てられない悲しい状況だと思うけれども、そうなる過程では、他の多くの健全な施設でさえも危機にさらされていたはずだ。

厚生労働省のwebsiteより

そんなわけで、僕個人としては大型の(過剰な)箱(ホテルや旅館)をじゃんじゃん建てることには賛成しかねる、という判断です。それでもインバウンドが増えるから、ルールをしっかり整備して、民泊をやったり空室の目立つ公団やら市営住宅やらを活用したりがいいと思うんですよね(浅はかかな?)。

補足ですが、インバウンドの増加に政府が舵を切っているのも、ある程度理解しています。これも総論賛成、各論はちょっと・・・みたいなことになるかもしれませんが、国内の人口動態を見たら、衰退ぶりは雪崩を打って起きているとしか思えません。
総人口は緩やかに減っている、というのが現状ですが、その中身たるや65歳以上の老人(65歳でも老人とは言えないほどに活力のある方も増えてはきましたが)が激増中で、その下の年齢層は猛烈に減っている。
生産人口と言える15歳から64歳もがくんと減り、さらに将来労働人口になるであろう19歳以下の人口推移たるや目を覆いたくなるほどです。1億2千万人の日本の人口の中身は、年々歳々「年寄りばっかり」の1億2千万人に変貌しているわけです。厚生労働省の資料↓
http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/81-1a2.pdf

その抜粋です。
厚生労働省のwebsiteより


こうなると、ビジネスの先細りは必至。というわけで、政府としてはインバウンドのもたらす経済効果に活路を見出そうとしているのはある面当たり前なのかもしれません。僕たちのなりわいを考えるうえでも、国内のビジネスなら老人向け、そうでなければインバウンドへ訴求するようなビジネスに強いて言えば活路があるのかなぁと感じています。

2017年3月17日金曜日

クルマを購入します!

スバルのwebsiteより
普段、お客様のご送迎時などに「もう少し大きな(たくさんの人が乗れる)クルマがあったらなぁ」と思いながら過ごしたここ数年。時にはカミさんと2台体制で駅まで行ったりもしました。そんなことを繰り返しながら、ついにこの春(たぶん4月納車)に、1台クルマを追加することに決めました。
新しい当館の仲間になってくれるクルマはスバル・エクシーガ・クロスオーバー7です。名前にもあるように7人乗り!これからはちょっぴりたくさんのお客様をお乗せすることができます♪

実は、たまに7人乗りのレンタカーを使うこともあって、自分の7人乗りの好みはある程度絞れていました。たいていレンタルしていた車種は、トヨタのアイシスで、たまにウィッシュ。いわゆるデカい1ボックスではないヤツです。ざっと条件を箇条書きにすると
・4輪駆動車(お客様をお乗せするので、「冬も安心」に)。
・7人乗りで、1ボックスじゃない。
・荷室も多少は余裕欲しい。
・全長4,700ミリ程度まで。
トヨタのwebsiteより
とまぁこれだけです。候補はレンタカー利用していたトヨタの2社に加えて、日産のラフェスタ、マツダのプレマシー(MPVが好きなんですが、すでに生産中止)。ホンダのストリームにも興味ありましたが、現在は6人乗りになってしまったので候補から外しました。トヨタのシェンタやホンダのフリードは、さすがに窮屈で7人フル乗車したら荷室もなしって言うんじゃ目的に合致しないのでパス。
さらに日産のラフェスタは、マツダのプレマシーのOEM品と判ったので、これもパス(本家のプレマシーがいいよね)。
初日、トヨタ店(アイシス取扱店)とマツダのディラーを2軒はしごして、どちらの対応も好感持てたんですが、トヨタでは遠まわしながらエスクワイアなる1ボックスを勧められました。まぁトヨタの対応で不快感あるようなことはないんですが、帰宅後もう少し調べてみるとどうもアイシスは商品的にそろそろモデルチェンジかなぁと感じました。ついでにマツダのプレマシーも2010年登場とあって、こちらもフルモデルチェンジをいつしても不思議ではないタイミングです。
マツダwebsiteのより
もっとも下取がどうとか、最新型じゃないとイヤだとかではないので、それが大きな値引きの要因になればかえってありがたいなぁと思いながら、挨拶代わりにいただいた新車見積もりの値引きは、どちらも車両本体からざっと20万円。ごく最近カローラ・フィールダーを購入するに至った知人は、巷では30万円以上の値引きもあるらしいよ、とネット情報を伝えるとそれを糧にがんばって38万円の値引き(オプションパーツ込みだけど)まで到達(よくやるなぁと、感心しちゃった)。値引き交渉は必要だけど、実のところそれほど気乗りがすることでもないので、面倒だなぁと思ったりもしました。企業戦士(これも死語ですかね?)時代には、購買をやらされていたことで、モノの値段を決めるにあたってシビアになりがちな私。今さら駆け引き的に値引き交渉してじっくり攻める、なーんてできればやりたくないなぁ・・・。今度はカローラ店に行ってウィッシュの見積もりもいちおう取ろうか、と帰宅して妄想中に、ニュースサイトの宣伝で掲載されていたのがスバルのクロスオーバー7。あれ、スバルにも候補車あるなぁーと気付きました。

それで2日目はスバルへ。たまたまの連休を逸するとしばらくお休みがなさそうなので、できれば有意義に!と少し意気込んで旭川のスバルのディーラーへ行くと、いきなり出ばなを挫かれるハメに陥ります。「クロスオーバー7ですが、年次改良入りますので、1月22日が現行版の受注受付最終日になります」って、今日は1月21日だから明日じゃないの!?なんでネットで宣伝してるんだか??
マイナーチェンジとかではありませんから、製品としてはおおむね変更はない模様ですが、マイナーチェンジ後の納車は5月から6月にかけてくらいになります(ってさすがに遅いだろ!)。少なからず落胆しながらも、性懲りもなく見積もりもらう。値引きは20万円をわずかに超えたところ。クルマは2015年投入の新型なので、年次改良前に来て少しスバルとしてはがんばった見積もりかなぁと思いながら2日目終了。

帰宅後、パソコンに向かってネット情報をかき集める。アイシス、プレマシーに比べると、スバルの4WDは数段実力が上の模様だ(予想通り。プレマシーはフルタイムの4WDじゃないし)。さらに気に入ったのは、クロスオーバー7は1モデルしかなくて、グレード選択に悩まなくてもいい。たいてい松竹梅あって、値段設定も微妙で、下のグレードに欲しい装備付けたら上のグレードとほぼ同じ値段になって、それなら高い方にしようと要らない装備も付いて来たり・・・、のようなヘンな選択肢がないのが嬉しい。アルミホィールとスバル自慢の衝突回避システム、アイサイト標準装備。アイシス、プレマシーよりプライス設定が高めだけれども、装備品のことを思うと、案外似たところまで来てしまう。大きければいいわけではないけど、ボディの余裕も(つまり荷室のキャパも)スバルに軍配となり、アイシスの兄弟車のウィッシュを検討するまでもなく、スバル1択になった。

3日目、もうディラーに出向く時間もないし、昨晩欲しいオプション(ナビと、ETCと、フィン形状のアンテナ。相変わらずのフロアマットとか、標準装備にならないのかねぇ、そろそろ。納車4月初旬なので、今回はスタッドレス・タイヤにまわす予算はない)決めておおいたので、ディラーに電話。
前日応対してくれた営業さんお願いして、パーツ伝えてキリのいい価格を告げる(33万円の値引きです)。これでやっていただけるのなら決めますので、と言うと「では、即答できませんのでちょっぴりお時間いただいてこちらからお返事差し上げますので少し待ってください」と。およそ1時間ほどすると電話があり、「あれこれやりましたが3万円ほど届かなくて・・・。もう少し交渉を(って所長の決済でももらうんだろうか?)してみますが、最初にご提示いただいた価格に合せました場合には、購入決定でよろしいですか?」とおっしゃる。いまさら、やっぱり買わないとか、できればさらに2万円値引き上乗せして欲しいって言うのは野暮な話なので、ここは「ええ、そのつもりです!」と。
つまりこの時点で、値引きの条件は飲むから決定してね、というサインが出たわけで、3日目にして車購入の交渉終了です。しかも最終日は電話でなんて、さすがに初めてだなぁ。
もちろんほどなく電話があって「いただいたお値段にする許可を取りましたので、よろしくお願いします」となったのは、想定内の出来事でした。


BMWのwebsiteより
ところでその後の補足を少し・・・。25日、アイシスのトヨタ店から電話があって「いかがでしょう・・・?」と。さすがにトヨタさん、チェックに怠りなし。月の開けた2月8日マツダから電話連絡。これはいい意味で、マツダの最近のスタンスかもしれません。マツダは好調で、どうだどうだとお客を追い回す営業をするべきではない状況なんだろうなぁと勝手に推察。
もうひとつ・・・。27日、ネット上で更なるライバル車を目の当たりにしました。BMW218dグランツァラー4WD。ミニのプラットホームを流用した、BMW史上初のFF車に、4WD版が登場したのです。知らなかった・・・!しかもBMWにしては、破格のプライス設定(って言っても高いですけど)。スバルが条件飲んでくれたので、いくら契約書かわしてないと言ったって、乗り換えることはご法度なのでしませんが、事前に知っていたらどうしたかなぁー。ちょっとだけ(と言いながら少し本気で、机上にて検討開始!)、あれこれ比べた結果、やっぱりいくらバーゲンプライスを掲げていても、価格差の開きを埋めるほどスバル、悪くないなぁと・・・。

長々書いてしまいましたが、新しい愛車が来るのは4月初旬。きっと元気にお客様を乗せて、美瑛を気持ちよく駆け抜けてくれるはず。期待しましょう。

追記1:ナビってワープロ(今はなき)に似ていませんか?なんだかパソコンの機能を限定して使っている感じ。パソコン(携帯)そのままつけてた方がいいんじゃないかなぁ。
追記2:今回の愛車、当家にやってくる初めてのAT車(CVTですけど)です。マニュアルしか乗ったことのない我が家で、大丈夫でしょうか???
追記3:いい加減にフロアマット等は車両価格に入れてもらいたいですね。これ、つけないお客様っているのかなぁ?それでなくてもあとから定価にあれこれ付加されるクルマ価格の現状(税金とかあるので仕方ないけど)。少しでも定価に近づけて欲しいですよね。
追記4:レクサスは値引きしないんですって。値引き交渉に使う時間やエネルギーを、本来の営業活動に使うためだとか。素晴らしい!

新しい年度が始まります・・・。

できる、そしてやるんだと決心せよ。方法は後から考えればいいんだから。

と、この言葉にどれだけ背中を押されたか数えられない。有名なエイブラハム・リンカーンのそれこそたくさんある名言のうちのひとつだ。そもそも・・・言っていることには無理がある。こんな道理がまかり通れば、何だってできてしまうではないか。
およそ150年少し前のアメリカで、たぶんそんなことはリンカーンもわかっていたはずだ。それでも・・・、やると決めればできる。方法は後から見つけるんだから、と言い放つだけの何かがあったんだと思う。
科学においてはタブーに違いないのだけれども、科学ではないいろいろな日常の場面で、いかに「できない」ことが多いんだろう・・・?そのことをつぶさに見ていたリンカーンは、やるぞ、と決心することが足りないなぁと見抜いていたんだろう。ともすると「できないよ、なぜかと言うとね」なんて出来ない理由さがし(言い訳)ばかりがうまくなっていたりする。それは押し付けられた中で発するウチは、好きなだけ言ったらいいさ、ということもできるだろう。でも、まさに自らその場に舞い降りた立場なら、出来ない理由なんか探し回っている場合じゃない。それこそ方法なんてなんだっていいから、とにかくやるしかない、と言うことだろうと思う。

当館「四季」にもおよそ10年の歳月が流れました。今になって来た道を振り返ってみると、まさに「できると信じて」いなければ、到底続けられないような日々が多かったような気はします。
現在(2017年3月17日、午前4時半)気温はマイナス4℃。ちょっぴり長い冬も、どうやら峠を越し、長くなった日が春の到来を告げています。2007年4月に、フェリーで名古屋港から苫小牧に降り立った日が昨日のことのよう・・・。別段10年という節目に感慨深くなるわけでもありませんし、10周年記念イベント、なんてことも計画しておりません(なんと、企画力のない!?)。10年は(たぶん15年も)、ひたすら続いて行くうちの通過点のように感じています。明日またここで、美瑛に、「四季」にいらっしゃるお客様がいる・・・そのことが5年先のことはわからないけれども、明日は続く(そしてあさっても、来週も続く)。この継続していく感覚が、なんとも嬉しい・・・。お客様だって飽きることはあるんじゃないかと考えるし、やっている自分たちだって「もういいや」と思うことが無いとは言えない。そうだけれども、それでもやっぱり美瑛が好き。黄色やオレンジを大地にぶちまけたような秋色の北海道は、毎年のように惚れ惚れするほどに美しいし、銀白の丘がブルーやオレンヂに染まる真冬の大地はすがすがしいばかり。4月末からハウスものが出回るアスパラを食べると、つくづくおいしいと思う。

とまぁ、なんだか回想ばかりが続くわけですが、去る13日に、10回目になる確定申告を終えました。1万円に届かないながら、開業してはじめて「所得税」なるものを支払いました。あ、そう言えば消費税を今月中に納めなくちゃね・・・(これはけっこうな負担ではあるけれども、ちゃんとしないとね)!で、所得税なんですが、昨年もちょっぴり支払うことになるだろうなぁと思っていたんだけれども、払わなかった(そこまで所得が出ていなかった)。ちょっと不思議な言い方かもしれないけれど、残念!って感じた。見栄はって、「所得税払ってます」って言いたかった・・・。今回はそれをリベンジできたカタチで、やっと(って誇張して言うほどの額でもないんだけれども)ちょっぴりの所得税を払って、ほっとした。

「四季」が営業を始めた2007年、所得税を払うという将来像は、ほとんど見えていなかったと思う。仕事を手にする(=ウチの場合は集客する)ということの難しさを、何年も思い知らされる時間が続いた。何を続けて何をやめるか、とにかく今のままじゃダメだなぁという感覚が、数年間はあった。
結局のところ、これが良かった的な決定打はなかったけれども、地道に自分の「好き」を可能な範囲で育むことが出来たことが、いつしか経営好転につながって行ったのは紛れもない。まぁ自分たちにはそれしか選択肢はなかった、ということも事実だけれども、続けられたことには感謝しか思いつかない。

来年もまた、所得税が払える程度にはがんばりたい。いつか「所得税をこんなに納めなくちゃいけないなんて、たまりませんよ」とかなんとか言えたらいいなぁと、今は思うけど・・・、そういう立場にホントになったら、まっぴら御免だと思うのかもしれないですね!

新年度が、まもなく始まります。「四季」にもまた、新しい年度がやって来ます。初心に帰って襟を正して、背伸びしないで・・・2017年度もいい年だったなぁにできますように。

2016年11月23日水曜日

ふるさとから北海道に思いを馳せて。

またしても似たような書き出しで恐縮ですが、まったくもって時間が流れて行くスピードについて行けていません。もう11月・・・どころか、それも終わりそうな季節です。はぁー。

途中経過書き記して置きたいことはたくさんあるのだけれども、全部を(苦手な整理立てて)やってるうちに日が過ぎて、あれれ12月に突入という憂き目に合いそうな予感がしますので、てきとーに(いつもテキトーなのでわざわざ注記するまでもないのですが)書きたい気分のことを先に書いてみます・・・。

当館「四季」は思い切った新しい展開をしたいと決めて(その新しい展開が何かは、また詳しくご説明いたしますが、増設のようなものとご理解ください)、あれこれ準備に追われています。まずもって、設備・備品と言うことで、6月下旬に他界した親父に線香上げながら(いちおうこれが主目的のつもりですが)この11月12日より1週間ほど帰省しました。
で、線香上げたあとに、家具やら板やら食器やら・・・。ついでに美味しいパン屋さんものぞきました。6月からずーっとほとんど休みなく走って来て、10月下旬まで。で、やっと11月に時間が出来たので、美瑛を離れて故郷の愛知県、お隣の岐阜県他をまわりました。アイテム選びについてはじっくり時間をかけて報告(備忘録)書くつもりですが、今書きたいのは、故郷愛知のこと、そして私が25年間お世話になった会社のこと、あらためて故郷から思う北海道美瑛町のことなどなどです。

半年ぶりに戻った愛知県は、予想以上に暖かくて(暑くて?)、自分が北海道人になったことをちょっぴり実感。そして美瑛から比べたら目もくらむような都会の交通量を縫ってレンタカーを走らせ、何度も信号待ちしてやっとの思いで目的地へ、という展開に、最初はほとほと疲れました。でも、数時間もすると慣れて来て(なにしろ40年以上も住んだふるさとですからねー)、愛知県で流れる時間にフィットして行く自分がいた。ホッとする、って感じではないけれども、このタイト感もいいなぁと思わないではない・・・。美瑛にいる時はとことんのんびりしまくりか?と言うと実はそうでもなくて、寝る間を削ってあれこれやったり、冬の到来に追われて雪対策をしたりしていて、また違った慌ただしさはあります。でも、まぁ全然別の時の流れではあるよね(って、全然わからないと思うけど)。

通うのが楽しみだったパン教室で、師匠が待っていてくださったり、高山まで出かけて、古くからお付き合いのある製材業者の工場で、まばゆいばかりの大きな1枚板を確認したり、金沢(のお隣の白山市)で食器をあれこれと選んだり、合間に高校と大学時代の旧友に相手をしてもらいながら1週間で1,200kmを走り回って帰って来ました。
北海道の1,200kmって案外ラクに行けちゃうものなんですけど、愛知→静岡→高山→白山→また愛知の1,200kmは、けっこう手強い(疲れます、ホントに)。白山は初めてだったのですが、愛知のあちこちはもちろん、静岡も高山も良く知った場所。懐かしいを通り越して、今でもここが自分が住んでいる場所くらいに馴染んでしまう。やっぱり故郷っていいなぁ!北海道とはまた違った美味しいものがいっぱいある。味噌煮込みうどんを食べ、ウナギを食べ、そうそう、こんな美味しさがあったんだよなぁーと♪
懐かしさと美味しさと、そしてなんとも居心地のいい1週間のピークは、高山のパン屋さん、トランブルーへ行った時のこと。心が大きく揺さぶられて、さぁ、また北海道でやりたいことを思いっきりやるんだ!と襟を正せた。どうしてトランブルーと、私の北海道への思いが関係あるのかと言うと、説明すればちょいと長いです。えーと、トランブルーのパンは、そのデキから言ったらどう見ても破格なんだけど、高山と言う地方都市、いや正直言えば田舎町(規模的にね)で歓迎されるだけのマーケットは無い(と思うんだよなぁ)。でも、オーナー(成瀬氏)は、この地高山で美味しいパンを食べてもらいたいと、強い信念でこのお店を少しずつ軌道に乗せて行ったらしいのです。彼の得意なパンは、パイ生地で、クロワッサンとかデニッシュなんかは、僕程度のぼんくらからしたら芸術品に思えてしまう。いつも高山に行く時と同じように、僕とカミさんは食べられる限りのパンを買って、成瀬氏の2冊目になる本も買ってしまった。言っていいのかどうかビミョーなんだけど、正直パンは安いと思う。名前出して問題あるかもしれないけどドンクなんかよりも安いくらい。僕はドンクのパンは美味しいから好きで、機会があれば買っちゃうんだけど、トランブルーのパンは値段同等(いや少し安いですよね)で、格段に美味しい。
パンの世界大会で銅賞とったり、NHKのプロフェッショナルに出たりと忙しい成瀬氏だけれども、頭が下がるのはたくさんのお弟子さんを抱えて、彼らを1人立ちさせるために必死に頑張っていらっしゃること。彼のパンに対する飽くなき厳しい接し方は、時に弟子たちを震え上がらせることだってあるんだろうけど、このパンを見たら、そして食べたら、パンを志す若者が虜になってしまうのも無理はない・・・。

長い時間をかけて少しずつ少しずつお店に人気が出て来るのを辛抱強く耐えて、今では毎日のように開店前からお客さんが並ぶ(その1人が僕だ)。地元の人も、遠方から来た人も、みんな成瀬さん(とお弟子さん)が焼いたパンが欲しくて、大人しく順番を待つ。
彼の本には「東京で開業していたらどうだっただろう・・・?と思うことがる」そうだ。都会には、彼の焼くパンを求めるであろう大きなマーケットがある。それでも成瀬氏は高山を出ることなく、小さなマーケットを相手についには大人気店にまで育て上げた。そして彼の目線は、彼の技を伝授した若者たちが、それぞれの小さな街でそれぞれに継承し開花させてくれることの手助けにフォーカスされている。

きっとビジネスとしたら、早々に都会に出て、数店舗の展開を仕掛けることが得策だったような気がする(し、たぶんコンサルティングではそう方針決定されるんじゃないかな)。でも、成瀬氏のハートはビジネスの成功だけではないことは明らかだ。彼には信念がある。きっとその強い信念だって、長い時間の流れの中で、揺らいだり、薄れたりすることもあったはず。でも、僕が知るトランブルーは10年も前から今もなお人気店だ。都会に打って出なくても、彼は高山で見事に(ビジネスとしても)成功して見せた。

信念ってなんだろう。クレバーさや交渉力や、そんなあれこれと同じような土俵にあるのかもしれないけれども、時にものすごい実現のためのパワーを与えてくれる。そう言えば、僕にも小さな信念があったんだ(ってすぐに忘れてしまうようなものって信念と言えるのかなぁ?)。そう、僕は北海道が好き。きっと世界中には僕のように北海道好きがいっぱいいると思う。北海道の素敵を知ってもらう一助になれたらとても嬉しい・・・。

そんなことを思い出したら、北海道に無性に帰りたくなった。でもって笑っちゃうんだけど、帰ってすぐに自分で焼いたライ麦パンとくるみレーズンパンのデキの良かったこと!成瀬氏が乗り移っていた、なーんて浅はかな気分にもなろうと言うくらいに、4個焼いたパンは見た目も味わいも素晴らしかったんだな(とこれ以上ない手前味噌。ここまで言うか?)。ご来館のお客様にも大好評で、ちょっぴり残ったパンを欲しいと言うので持って行ってもらっちゃった。

2016年10月2日日曜日

慌ただしく過ぎた夏と、美しい秋に。

前回記事を書いたのが5月だったので、もう丸5か月間更新しませんでした。大変申し訳ない・・・。

この間、父が逝去し、新スタッフがやって来て、また当館「四季」に繁忙期がやって来て、なんと史上初の台風3連発プラス1がありました。5か月間・・・、あっという間に、もちろん当館のwebsiteを更新できないままに、時だけが過ぎて行きました。

父の葬儀に際しては多くの方のお世話になり、また今さら気づかされることも多々あり、故郷を去ってこの北の大地に飛び出してきた自分自身の人生をもう一度振り返る機会になりました。

そんなこんなで気がつけば10月です。早い。いつしか半袖を着るのは厳しくなって、長袖へチェンジ。朝・夕の冷え込みが、気持ちいいと肌寒いの中間くらい。
でもって、秋の丘は美しさをぶちまけたかのように、とにかく綺麗。たぶん繁忙期であんまり丘に景色を眺めに行く機会もなかったからって言うのもあると思う。それでもこの時期の丘は、見惚れる。
もうすぐカラマツが黄色く色づいてきます。そして黄金色から淡いきつね色へ。

また写真をアップしながら、あれこれ思うことについて少しずつ書き記して行きます。

2016年5月1日日曜日

ホームページ(WEBページ)を全面更新しようかなと・・・。

当館“美瑛の小さな宿_「四季」”のサイトを、全面的に刷新しようと思っています。さて、どうしたものか・・・。現ページは当館にとって2代目、2010年にリリースした代物です。まもなく丸5歳、6年目になりますので、けっこう引っ張りましたよね(って、他人事みたいですが、更新をサボりました)。

2010年に現サイトに更新して1年か2年過ぎた頃から、SEO専門業者さまからの営業電話が多く入るようになりました。検索上位に入れますので、ぜひ、と。
聞けばリンクを張る、というのを売り物にしているようで、50リンクでいくらとか検索2ページ目までに出そうとするなら100リンクは必要とか・・・。私からは、検索上位にならなくていいんです、とお応えするも「どうしてですか?見てもらうためのホームページでしょ?あんたおかしいよ。間違ってますよ」とまで言われました。
みなさん自分の知りたい情報をネットで見つける際に、キーワードで検索するのは日常的なことでしょう。でも、すごく広範な語彙で検索することってどのくらいあるのでしょう・・・?当館は小さな宿屋ですから、「宿」とか「宿泊」とかとプラスして地名の「美瑛」で検索されるんですかね?そういう時にSEO対策をして検索上位に来ることは絶対必要とSEO業者さんは力説されます。でも・・・?と、自分は考えてしまう。たぶんそんな広範なキーワードで検索して引っかかった結果だけを中心に考えたりしないなぁと。

そうこうしているうちに2013年9月頃にGoogleが検索のアルゴリズムを全面刷新する、とアナウンスしました。無意味なリンクは検索結果に反映させない(どころかマイナスイメージにさえなる)と言い出した。件のSEO業者さん、はとが豆喰らった状態だったような気もしますが、新しいビジネス・チャンスだと思ったかもしれませんね。
Googleとしてはネット空間を無意味なリンクでごちゃごちゃ張り巡らされても困る、と判断したのかもしれません(実際そうだしね)。で、コンテンツを大事にするんだそうです。サイトのヘッド部分に、いわゆる検索されやすいキーワードを記しておく等の小技も、次第に効かなくなった。
そもそも検索上位に興味のない当館は、Googleのアルゴリズムがどうなろうがお構いなしなのではありますが、コンテンツ重視という点は大いに歓迎したい。コンテンツ重視ってどういうことなの?とここでまた思考停止になりそうですが、わかりやすくは「豊富な情報、役立つ内容を優先する」らしい。ますますもって、いいことではありませんか!Googleを検索エンジンとして利用するユーザーとして、こんな刷新ならじゃんじゃんやっていただきたい、と願うばかりです。
ちなみに当館のサイトも、検索結果から遥か5~8ページ目あたりをうろついていたのに、2013年後半からは2ページとか3ページ目までには出てくるようになった。ホントだ、アルゴリズムは間違いなく変わっているんだね。

ところで私自身が旅に出かける場合、例えば京都に行く場合に「京都」・「宿」なんて言う大雑把なキーワードで検索して宿泊先を決める・・・なんて勇気はありません。もうちょっと「北白川」とかの細かい地名を入れたり、口コミサイトのコメントをいくつか見てみたり、さらには「静かな」とか「リーズナブル」とか「お料理自慢」とかも条件に入れるかもしれません。
そして最後にはいくつかの固有名詞を探し出して、実際にその宿のホームページに行きつくような気がします。ですからSEOで上位に来る宿とか、全然関係ない(SEO業者さん、ごめんなさい)。

その次に考えてしまうのは、現実の宿とホームページで公開されている内容とのギャップです。いわゆるプロっぽい(でもややドライで隙のない味気もない)ページだったら、外注さんへ仕事を(例えばお掃除とか料理の一部とか)出す宿かなぁとか。いまだにフレーム出てくるとちょっと時代に取り残されても気にしない宿かなぁとか。それは事実と異なる場合も多いとは思うけど、今やホームページはもうひとつの商店の入り口ですからねぇ。いちおう手作りで、丁寧に作ってあって、欲しい情報が探せばあって、写真もまぁまぁ綺麗なものがつかわれていてってな感じのページがいいんですよね。

これっていわゆるコンテンツ重視じゃないですか。つまりGoogleの検索条件と一緒ですよ。そうかぁ、やっぱりコンテンツが大切だよなぁとまた振り出しに戻って(あ、検索は関係ないんですけどね)、さて当館のブランニューのサイト。まだ端緒に着いたところです。たぶん、完成は1か月ちょっと先・・・。その先になったらもう、やっている時間が無くなっちゃいますからね。

2016年4月16日土曜日

9年前の自分へ(2)。

間もなく10年目に突入する節目(?)タイミングも手伝って、このシリーズの覚えをもう少し書いておこうと思う。前回同様自分の記憶を、それもまさに記憶だけが頼りの文面なので、何かの役に立つモノになるとは到底思えない(ので期待はさいませんようにって、誰もしてないか)。

「会社」組織の真っ只中で25年も揉まれていると、いつしか会社人生必需品が身の周りにたくさん溢れてしまう。手帳書類もそうだが、スーツとか制服(作業着ですね)とか、ビジネス用の靴とか・・・。ネクタイもたくさんありました。
幸い作業着とネクタイはもらってくださる同僚や後輩がいたので、比較的新しいものは譲ることに。さすがに靴やスーツはそうは行かなかった。ちなみに工場勤務だったので、原則作業着で出勤していた(辞める10年くらい前からスーツで、とお達しが来たが、作業着通勤は便利で止められませんでした)。なので比較的スーツ類は少なかったと思う。

それで、まぁ当然と言えば当然だが、会社を辞めた9年前の4月から、スーツとか作業着とかが必要ない暮らしが始まった。でも、それまで苦労してスーツや革靴を手に入れていたので、すごく不思議な気分・・・。ここ一番(どんな一番だ?)見た目くらいは人並みのビジネスマンになって出張しなくちゃいけない場面を想定して、恭しく(なんて笑っちゃうけど)仕舞ってあったものが、この日を境に「不用品」に転じた。
これこそ「頭じゃわかっていても、体が・・・」の典型で、そう簡単には処分する(つまり捨てる)ことなんて出来ない。あれから1年、また1年とたつたびに、もうさすがに着ないなぁと思いながら、もったいぶって2年に1着ずつ程度手放して行ったけれども、9年たってもまだ1着残っている。それは辞める前年に、初めてオーダーで作ったスーツだ。これと言って変哲もない紺のスーツだけど、生地も裏地も最高に気に入っていた。しかも「これなのか!」と思ったのは、やはりオーダー物は着心地が全然違和感なくて良かったと言うこと。確か百貨店の特別なセールで、吊るしとあんまり変わらないくらいの価格で、気に入った生地を選べるオーダーが出来たと思う。たぶん辞めてから1度だけ着る機会があったのだけれども、9年で1度だから紛れもないゴミだ。ほかにもネクタイもたくさん残った。ネクタイは気に入ったものを着ける傾向になっちゃうので、傷みの激しいものと、新品のようなものとに大別される。見た目の好き嫌いだけじゃなくて、結びやすさとかも大事なポイントだ。小柄な僕は、小さくきゅっと結べて、緩くなりにくい生地のネクタイが好きだったな。

靴もネクタイもスーツも、思い切って捨てるように努力した。また会社勤めしようとは微塵も思わなかったけれども(25年勤めた会社は好きな会社だったので、会社勤めするなら辞めること無かったしね)、惰性で捨てられない自分がいたのは間違いない。自分には困った時に相談できるトップも、力になってくれる同僚も、機転の利く部下ももういないのだ。作業着を着て、進捗状況を見に行く現場もない。そういう現実を早く身に付けようと思って、がんばって捨てたのだと思う。

この頃、もしも自分が定年まで勤めていたらどうだっただろうと思うことがある。ちょうどそんな年齢に差し掛かった。きっとネクタイもスーツも靴も作業着も、後生大事に仕舞いこんでおくような気がする・・・。それらのものと共に、自分の人生(の多く)が、停まってしまったかのように。そしてそのことに対して、自ら望んで思考も停止してしまうのかもしれない。
それはきっと、ある程度充足した毎日と言えなくもない。勤め切った、という達成感と共にあるのは間違いないだろうし、もうそれほどの時間もエネルギーもかけられる会社人生を送ることは(まぁ物理的に)さすがにできない。言ってみれば、ハイライト部分は通過した後になってしまったというわけだ。

ところが現実には僕はそういう人生を選択しなかった。どうしてだろう・・・と、不思議に思うけれども、とにかく僕は飛びだしてしまった。その結果、「ある程度充足した」気分でそれまでのビジネスマン人生を振り返る日々は手に入らなくなった。後悔・・・?しているのかもしれないけど、してないような気がする。正直なところ、人生はひとつしかないので比べようがない。で、振り返る日々を手放した代償に、明日を憂う(明日に夢をつなげる、と書くべきですね)日々を手に入れた。会社の制約を受けることはないけれども、何一つ会社が保証してくれることもない毎日は、自由でとっても不安だらけだ。
不安も9年たてば「日常」になるわけだけれども、ちっとも日常っぽく安定しない。自ら危険を冒す(ちょっと無理なことやってみる)ような毎日が続く。

とまぁ、思うがままに書いてみたけれども、もし勤めている会社を辞して何かを始めようと思っている方に、辞める雰囲気を感じていただけたでしょうか・・・?会社組織にいれば、リスクを取るのは難しいですよね。どうしたって、経験値が増えるほどに、安全地帯を求めてしまう。ところが個人になれば、ある程度リスクを取らないと、絶対にリターンへと繋げられないことを思い知る・・・。
実は少し逆で、会社に居ればリスク取ったって、会社がリスクを受けとめてくれる可能性が高いが、個人だと場合によってはリスク倒れしてしまうかもしれない。だから会社にいた方がリスクは取りやすいはずなんだけど、そうはしないですよね・・・。

とまぁそんなことも辞めてみて初めて気が付くわけで、辞めるということは、すごく決断力が必要ではあるけれども、発見と気づきの連続が待ってます。